その本棚は海を渡る

イヤホンから流れてくる「人生なんてあっという間」というフレーズを聞きながら、彼女は目白駅からの道を歩いていた。

目的地は、目白と池袋のちょうど真ん中あたりの住宅街に静かに佇むセレクトショップ『ブックギャラリーポポタム』。個人やグループで出版しているインディーズの本やアートグッズを取り揃えるその店に、彼女は今はじめて足を運ぼうとしている。

そう、きっと、人生は驚くほど短い。だから人は本を読むのだ。

時の流れを忘れるひととき

池袋駅から10分ほど歩いただろうか、窓のステンドグラスが印象的なこじんまりとした建物が彼女の目に入った。ガラス張りの入り口に貼られた色とりどりのポスターから視線をずらすと、「ポポタム」という店名とカバのイラストが書かれた木の看板が目に入る。

ここ、だよね……?

そっと店内へ足を踏み入れて、壁いっぱいに並ぶ本棚を見つめながら、彼女は小さく息をのんだ。

静かなのだ。まるで、ここだけ時が止まっているかのように。

1歩踏み出すと、しんとした店内に靴音が響いた。本棚の前に立つと、カラフルで大小様々なサイズの本たちが彼女の視界いっぱいに広がる。

このブックギャラリーポポタムには、国内外のアーティストによる個人出版の本など、普通の書店ではまずお目にかかれないような本たちが数多く並んでいる。「ここでしか出会えない本」を手に取るべく、彼女はさっそく目の前に並ぶ背表紙のうちのひとつに手を伸ばした。

読み終えたとき、そこには新しい自分がいるかもしれない

本棚に並ぶ本たちは、写真集やイラストブック、コミック、エッセイにレシピ本と非常に幅が広い。そして、そのどれもに、彼女がこれまで触れたことのない世界が詰まっているように感じられた。本のページをめくるのは、自分では体験することのできなかった様々な人生を感じることにほかならない。言うなれば、この本棚には長大な「時間」が並んでいるのだ。

また、店内には英語や韓国語で書かれた海外の本の取り扱いも多く、それらのページを開くことで、彼女はこの場所で時間も場所も飛び越えることさえができるのかもしれない。

開店してから14年目になるというこのブックギャラリーポポタムは、近年では海外のブックフェアなどにも出店しており、海の向こうのお客さんとの繋がりも増えているのだという。

「本屋さんに行って、本棚の前に立って、本を手に取ってみてはじめて知る驚きってあるでしょう? 若い頃から本が好きで、そういう驚きと出会える場所をつくりたいと思っていたんです」

お店ができたきっかけについて尋ねた彼女にそう答えるのは、店主の大林さん。このお店で出会う本を通じて、それを読む人の視野を少しでも広げられたら、という思いがあるのだと話してくれた。

本と想いは海を越えて

「以前、韓国の書店で、人が居眠りしている姿のスケッチを集めたZINEに出会ったんです。スケッチされてるポーズがどれも『こういうのやるやる!』っていうものばっかりで、またそれをZINEにしようという発想も共感できて。同じようなことしてるんだと、嬉しくなりました」

その大林さんの言葉の通り、お客さんの中には言葉がわからない「読めない本」を買っていく人も少なくないという。例えば、日本の映像作家によって作られたあるユニークな写真集。バス停に置かれている椅子の写真と解説文を集めたその本は、海外のお客さんもおもしろがってよく買っていくのだとか。

その話を聞いて、彼女は遠い海の向こうで生まれた本たちにより一層心を惹かれ始めていた。切り取られた風景に共感する気持ちや「面白い」と感じる心に国境は関係ないのだ。

「こういうインディーズの本って、普通はなかなか手に取ることができないですよね。しかも、海外のものならなおさら」

先ほど教えてもらった『バス停と椅子』の表紙に触れながら、彼女が言う。こうした個人出版の本を実際に見て、触れて、選べるというお店は珍しく、「何か面白いものを」と目的なく足を運ぶお客さんもいるらしい。

たくさんの想いと「巡り会う」場所

いくつかの本を手に取っているうちに、彼女には気付いたことがある。この店に並んでいる本は、表紙の質感から印刷の方法など、その装丁がどれも個性豊かなのだ。

そうか。本って読むだけじゃなくて、手触りとかデザインも楽しむものなんだ。

「本」というアイテムの新たな魅力に触れた彼女は、店内をくるりと見回し、入店した時から気になっていた一角についても大林さんに尋ねてみることにした。

「あのリング、すごく綺麗ですよね。近くで見ても大丈夫ですか?」

もちろんです、と頷いてくれた大林さんと一緒に、リングケースを覗き込む彼女。夜市の屋台で売っているおもちゃの指輪をイメージしているというこのリングには、アンティークガラスが使われていて、持ち上げてじっくりと眺めるとより一層独特の味わいが感じられた。にもかかわらず、お値段はすべて2000円前後とお手頃だ。

「店内に置かれている雑貨は、奥のギャラリーで個展を行われたアーティストさんのものが多いんです。個展には来られなかったお客さんにも、ぜひ手に取ってもらいたくて」

本だけでなく、こうした作り手の思いのこもったアイテムが待っているという点も、このブックギャラリーポポタムの大きな魅力だ。この店で本や雑貨を見つけるのは、「出会う」というよりも、「巡り会う」と言う方がしっくりくるかもしれない。

暫くして店を後にした彼女の手には、直感的に選んだ数冊の本と、淡く光る青いガラスに惹かれて選んだリングが。この本たちを読み終えたあと、彼女の世界はまた少し広がっていることだろう。

「だからやっぱり本が好き」と胸を躍らせながら、彼女は家路を急ぐのだった。

Editor's Note

池袋と目白のちょうど真ん中にある『ブックギャラリーポポタム』は、国内外のアートブックや個人出版の本(ZINE)の専門店。

漫画から写真集、エッセイ、レシピ本など、普通の本屋さんには置いていないような非常に幅広いジャンルの本たちと巡り会うことのできる素敵な空間です。

個性豊かな本だけでなく、他ではなかなか見つけられないアーティストによる雑貨はプレゼントにもおすすめ。(編集部 フクシマ)

Shop Access

Shop Info

ブックギャラリーポポタム

月木金 13:00〜20:00/土日祝 13:00〜19:00

火・水

03-5952-0114

東京都豊島区西池袋2-15-17

目白駅 7分/池袋駅 9分

※取材時期や店舗の在庫状況により、掲載している情報が実際と異なる場合があります。 商品情報や店舗の詳細については直接店舗にお問い合わせください。
Editor 福島みづき
Photographer 橋本越百

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