「奇妙な出会い」を売る古書店

池袋駅から南へ向かって歩いて行くと、ジュンク堂書店を過ぎたあたりで街の表情が変わることに気がつくだろう。

下り坂の明治通りを進むにつれ、池袋の喧騒から切り離されて静かな空気が漂い始める。

その坂の途中、鬼子母神もほど近い交差点の角にそのお店はある。「古書往来座」という古書店だ。

池袋駅近くの東京芸術劇場からこの場所へ移って15年、店は街を見つめ続け、多くの人がここで忘れられない1冊と出会ってきた。

ゴールデンウィークを控えたある土曜日。その坂を下りて行く青年がいる。

ここは何を売る店か

もう少し、お店の紹介を続けよう。往来座の店主は瀬戸さんという男性で、19歳の頃に古書店でアルバイトを始めてからずっと、古書を売ってきた。

大学に馴染めない、なにか面白いことがしたい。そんな思いで東京芸術劇場の中に新しくオープンした古書店で働き始めた瀬戸さんは、次第に古書の魅力に取り憑かれる。

「本ができるまでには、著者がいて、編集者がいて、装幀家がいて、印刷屋さんがいて、一冊の本になりますよね。その、データだけではない『モノ』としての本に向き合うのが好きなのかもしれないなぁ」

と瀬戸さんは語る。しかし、ここにあるのは本ばかりではない。店内には雑貨もあればレコードもある。レントゲン写真もある。

それらが混然と店内を埋め尽くし、下げられたランプに照らされている。それなのに、雑然とした印象はない。

「よく『ここって本屋なの?』なんて言われますけどね、ミュージシャンの早川義夫さんが「美人喫茶には美人はいない」(『ラブ・ゼネレーション』)て言っていたみたいに、「本屋に本はないんじゃないか」といつもどこかで思ってます。」

そう。ここは「奇妙な出会い」を売る古書店なのだ。

悩みを抱えた青年と、出会いを待つ本たち

さて、坂道を下りてくる青年に話を戻そう。

彼の職業はミュージシャン。高校時代から始めたギターはいつしか仕事になった。幸福なことなのかもしれないが、一方で悩みも抱えている。

これまでは何とかやってこれたが、もし、いつか、自分の発想力が枯渇してしまったら…という不安が頭から離れない。好きなことを仕事にした者の抱える、逃れられない悩みだ。

外に置かれた流行本の棚を流し見して、そのままドアに手をかける。

客を焦らせることもなく、かといって冷たい印象もなく、瀬戸さんは「いらっしゃいませ」と控えめに青年を迎え入れた。

青年の目に飛び込むのは、無数の古書、そして正体不明の雑貨たちだ。

ここは変わらない。池袋駅から数駅の小さな街にある大学に通っていた彼は、あの夢見ていた頃へと自分をリセットするためにここへ訪れた。

本棚では、息を潜めて彼との出会いを待つ古書たちが控えている。

枝と、句集と、随筆

取材時に瀬戸さんが話してくれたエピソードのひとつが、この店のことを雄弁に語ってくれるので、ここで紹介しよう。

「ある日ね、近所のおばあさんが枝を持ってお店に来たんです。この枝、昔その辺で拾って作ったのよ、と。こういうの好きでしょ、買ってくれって言うんです。二又になった枝で、ゴムをつけてパチンコ玉を撃つやつ。1本50円で持ってきてくれた3本買い取ったんですよ」

瀬戸さん本人が、誰よりも「奇妙な出会い」を楽しんでいることが伝わってくる。ちなみに、そのうち2本はもう売れて、いま店には1本だけ。この記事に写真は載せていないので、ぜひ見にいってみてほしい。

そんな枝が店内に隠れていることに気づいたかどうか、青年は書棚の間を歩きながら本を手にとっては戻し、手にとってはもどしを繰り返している。春の昼下がり、古書店の美しい光景だ。

「あの、なにかこう、想像力を鍛えられるような本ってありませんか」

書棚から離れてカウンターへ歩み寄った彼が、瀬戸さんにそう話しかけた。瀬戸さんの頭の中にある図書館の扉が開き、ぽつぽつと書名が飛び出してくる。その中から、彼にある1冊を薦めた。

「西東三鬼の句集なんていいかもしれませんね。俳句は自分の状況や心境で読み方が変わっていくし、そして何より、後半に収められた「神戸」っていう小説のような随筆のようなものが抜群に面白いの。想像力が鍛えられるかどうかはわからないけど、自分の現在位置を確かめる本にはなるかも」

こうして瀬戸さんに悩みを打ち明けて本を買って行く客も、実はそれほど少なくない。中には、枝を薦めるべき客もいるのかもしれない。この店のなかにある全てのものが、こうして客との出会いを待っているのだ。

自分を見つめる静かな時間

500円で西東三鬼の句集を買い、青年は店を後にした。

今夜は静かにこの句集を読み、自分との対話に時間を使うだろう。古書には過去の持ち主が託した思いも込められている。モノとしての古書が持つ記憶との邂逅もまた、彼を新たな思考へと導くに違いない。

青年が去ったあとも、往来座は池袋の街を見つめ、店内では客との出会いを待つ数々の品がひっそりと存在し続ける。

Editor's Note

「古書 往来座」は池袋駅から徒歩10分ほど。都電荒川線の雑司が谷駅からも同じく10分ほどで行くことができます。

実は私自身も大学時代からときどき立ち寄る思い出深い店で、店主の瀬戸さんとしっかり向き合って話すことのできる時間は感慨深いものでした。

記事の中でも紹介したように、扱う品の幅は広く、古書はもちろんさまざまな雑貨類、写真まで往来座に入荷したものから選ばれた品々で店内は埋め尽くされています。記事に登場した「青年」のように自分と向き合う時間のための1冊を見つけるのも、大切な誰かへのプレゼントを探すのにもいいでしょう。(編集長 塚岡)

Shop Access

Shop Info

古書往来座

12:00〜22:00

なし

03-5951-3939

東京都豊島区南池袋3-8-1

池袋駅 徒歩6分

※取材時期や店舗の在庫状況により、掲載している情報が実際と異なる場合があります。 商品情報や店舗の詳細については直接店舗にお問い合わせください。
Editor 塚岡雄太
Photographer 橋本越百

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