人も、道具も、年を重ねて美しく
古いものには、長い年月を経てきたからこその、やさしい肌触りの美しさがある。
20代を過ぎ、歳を重ねるごとに、「アンティーク」や「ヴィンテージ」といった言葉に惹かれるようになった。大量生産の安価なものをたくさん揃えるのではなく、自分が本当にいいと思ったものを手元に置いておきたい。そうした思いから、古道具を扱うショップをネットで探すことが、彼女の日課になりつつあった。
そんな彼女が、ずっと訪ねてみたいと思っているアンティーク雑貨店がある。
自由が丘の駅から5分ほど歩いた住宅地にひっそりと佇む、緑の蔦が絡むこじんまりとしたお店--『BROCANTE(ブロカント )』だ。
時の流れから切り取られたような空間
地図アプリを頼りに、住宅地の細い道を進んでいた彼女。ここで合ってるはずだよね? とやや不安に思い始めた矢先、突き当りに緑に囲まれた建物を見つけ、少し歩調を速めて近づいてみる。入り口の傍に立つ黒い看板に『BROCANTE』と店名が記されているのが見えて、彼女は握りしめていたスマートフォンをトートバッグの中にしまった。
白い石の壁に蔦が絡むその佇まいは、先ほどまで耳にしていた駅前の喧騒を忘れてしまうほどに密やかで、何だかこの場所だけ時の流れから切り離されているかのように思える。静けさの中に聞こえるさわさわという葉擦れの音に背中を押され、彼女は勇気を出してお店の中へと足を踏み入れた。
コツ、コツ、と鳴る靴音を聞きながら、彼女はディスプレイされているグラスやガラス瓶などを見て回る。少し視線を上げてぐるりと見回すと、素朴な風合いが優しい白い壁や木のぬくもりが感じられるインテリアに、ほっと気持ちがほどけるような気がした。
美しいものだからこそ、身近に感じられるように
彼女が訪れているBROCANTEは、店主の松田さんご夫妻が15年ほど前に始めたお店。澄んだ空気に満ちた店内には、フランスで買い付けたアンティークの家具や雑貨などの古道具が並んでいる。
アンティークというと、なかなか手の出ない値段のものが多いという印象を持っていた彼女。けれど、このBROCANTEには、松田さんの「店を訪れるお客さんが取り入れやすいように」という想いから数百円から購入できる手頃なものも置かれている。
古いものを「高尚な美しいもの」として捉えるのではなく、お気に入りのものをまずはひとつ、部屋に飾ってみる。BROCANTEは、そうした楽しみ方を提案してくれるお店なのだ。
長い時を経たからこそ生まれるやわらかさ
ふと、彼女の目に飛び込んできた、しっとりとしたやわらかな白さのファブリックたち。大小様々なサイズがあるようだけれど、クッションだろうか? 気になってそっと触れてみると、さらりとしているのにふんわりとしたやわらかさもあり、今まで感じたことのない手触りだ。
「あの、これも古いものなんですか?」
彼女が気になって声を掛けると、松田さんが優しく答えてくれる。
「ええ、アンティークのリネンです。何度も何度も洗われたからこそ、新しいものにはない独特のやわらかい肌触りがあります」
「リネンということは麻ですよね。すごい、こんなにやわらかくてふかふかになるんだ……」
『Odette(オデット)』と名付けられたこのアンティークリネンのハンカチやクッションのシリーズは、すべてHAND WORKによるもの。「大きなサイズのシーツのままではなかなか手に取ってもらえないから」と、松田さんがお客さんのために工夫を凝らして生まれたものなのだという。
「古いものには、長い時間を経てきたからこその美しさがあります。最近ではアンティーク調の雑貨なども増えていますが、どんなに似せて作ったとしても、その風合いは決して真似できない。だから、例え今はあまり興味を持てない人でも、いつか古いものに触れてみたくなった時にこのお店を思い出してくれたら」
そんな風に語る松田さんの優しい横顔に、彼女の胸にじんわりとあたたかな火が灯った。
今までの、そしてこれからの時を感じて暮らすこと
お店の上の階は造園に関する相談ができるスペースになっていると聞き、少し覗いてみようと外の階段を上った彼女。青々と茂る草木に迎えられ、明るくフレッシュな空気で満たされたフロアを見て回る。
2階にはグリーンのほかお茶やフレグランスなどの雑貨も並んでおり、1階とはまた違った開放感が彼女の心に軽やかな風を吹かせてくれた。
ああ、こんな風に緑に囲まれた生活って憧れるなあ……
今は少し持て余し気味のベランダも、いきいきとした植物と味のある古道具を組み合わせたら、一体どんな世界を見せてくれるだろう。「今度うちのベランダについて相談してみようかな」と想像を膨らませて、彼女はふっと口元をほころばせた。
時を重ねたからこそ、美しい。
道具も、暮らしも、そして自分自身さえも。そんな風に思えたら、歳を取るのも悪くないような気がする。
続いていく時間の流れに思いを馳せながら、彼女は家路に着いた。
EDITOR’S
NOTE
チェストやミラーなどのアンティーク家具はもちろん、HAND WORKによる人形など、新しさと懐かしさが心地よく交わるBROCANTE。
私ごとですが、住み始めてからかれこれ十数年になる我が家。段々と経年劣化していく家に対して、「古くなったな」とか「傷んだな」と感じることも増えてきたのですが、「一緒に時を重ねた」と思うことで、古くなった家への見方に変化が生まれました。
古くなった家をエイジングと捉えて、今の部屋に合う家具を探してみようか。そんな気持ちにさせてくれた素敵なお店でした。
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